2022/06/29

夏の野菜畑3 リヤカーと干飯

春から秋まで リヤカーは大活躍

湖畔の生活 夏 11

収穫した野菜を運ぶリヤカー、運ぶ作業が無いときは、野菜や魚、座布団まで干してる~♪
影がくっきりと出ていて天気の良いのがよく分かる。
リヤカーの向こうに干してあるのは洗濯をした寝間着や作業着かもしれない。
良い天気を逃さずに、日に当てて干したいものを並べる。




湖畔の生活 夏 11b

はっきりした画像で気が付いたのは、座布団の他に枕も並べている♪
浅い箱の中には豆類と、細長く見えるのは干し魚
吊り下げて干して、ある程度水分の抜けたものを更に乾燥させるのだろうか。

乾燥して取っておく野菜には豆類の他にかぼちゃのタネなどもあった
南瓜の種を軽く炒って中身を取り出して食べる。
ほんのり甘くて美味しかったが、
硬い殻から中身を取り出すのが大変なのと、小さくて時間がかかりすぎるのか
何度も食べたという記憶はない。
新聞紙のような物を広げて干しているものが、もしかしたら南瓜の種かもしれない。



もっと小さなもので乾燥させて食べたものに干し飯がある
これは子供たち皆が好きなおやつになった
名前は「こうせん」

食べ残したご飯を洗ってぬめりを取り、ざるに広げて天日で乾燥させる。
何度か繰り返して、ある程度溜まったところで軽く炒り
石臼で挽いて粗目の粉状にする。
それに砂糖を混ぜて甘くすると「こうせん」の出来上がり。

「こうせん」というのは母だけが使っていた名前なのか今でも分からない。
検索してみると似たようなものに「香煎」「はったい粉」「麦こがし」などが出てくるが
まったく同じというものでは無い
戦中戦後に引っ越しを繰り返し、中国、長野、東京などで過ごした期間もあるので
どこかで覚えた味を自分なりに工夫して作っていたのかもしれない。

風も無く穏やかな午後に石臼を準備して、家の湖側の庭で干飯を挽いた。
石臼をゆっくり回していくと、臼の外側に少しずつ粉が落ちてくる
香ばしい香りが漂って、食べるのが待ち遠しい。
風も無ければ波も無い、穏やかな午後のひと時をそんな風に過ごしたのを覚えている。



スポンサーサイト



2022/06/25

夏の野菜畑2 青いトマトと、にんど豆(えんどう豆)

青いトマトを手に持って・・・

睦美 青トマト



小さな手に、しっかりと握りしめているのは青いトマト
トマトが赤くなる前に一人で畑からもいできて
酸っぱいのが好きだから
だから食べていたのに・・・叱られた 

小さい頃から酸っぱいものが好きだった。
青いトマトを食べればお腹をこわすので、叱られて当たり前。
なかなか泣き止まないので、父が茶目っ気を起こして写真を撮ったらしい。
おどけながらカメラを構える父を見て、果たして泣き止んだのか・・
そんなこと・・・忘れちゃった♪


湖畔の生活 夏 1b


うぇ~ん、ひぇ~ん、うっうっうっ、びぇ~~!

本当に、どうしてここまで汚れるのか
遊び惚けた土汚れと、涙と涎と、
ちょっとまって・・・と、こんなにまで泣くのは末っ子の私だけだった?
二人の姉が大泣きしている姿はあまり覚えていなくて
遊びまわっても、こんなに服を汚すことも無かった
姉と一緒の遊びをしたくて、出来ないのに無理をして、走って転んで泥だらけ。

それにしてもこの青いトマト
小さな歯で懸命に食べて、ナイフで切ったようなきれいなトマトの断面♪
青いトマトを食べてお腹を壊すのも、よでこ(末っ子)だけだった



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


にんど豆(えんどう豆)を剝く母の膝で

睦美 -010-4b

いつでも母のひざ枕は心地いい
遊び疲れて帰ってくれば、必ず母がいてくれる。

おそらく午後の2時、3時の頃
昼食後にえんどう豆の皮をむいて豆を取り出す
単調な作業と、膝で寝てしまった子供を見ながら、母もまた眠気と戦ったいたのでは
そんな風な母の横顔。畑の作業、魚を獲っていれば網から外す作業
その他に普通に家事をこなしていて、当たり前なのだろうけれど
今の私には到底まねのできないこと。
黙々と一日の仕事と向き合っていた母はすごいと、今になって思う。



睦美 -012-2b



えんどう豆と乾燥椎茸で作る豆御飯は夏のごちそう。
御飯が炊きあがっていくのと同時に豆と椎茸のいい香りが漂いはじめる
今でも夏になれば必ず作る、懐かしい母の味である。




2022/06/20

夏の野菜畑1 夏の畑の一コマと肥運び

夏の畑

畑夏4

夏の畑に出来るもの
トウモロコシ、トマト、ジャガイモ、葉物野菜に実エンドウ

この写真の後方にはトウモロコシ、手前に茂っているのはサツマイモの葉かも~。
左手に微かに見えるのは大根か、カブの葉のようにも見える







畑 夏3b

なぁに? なぁに? これはなぁに?
あのね、これはね・・・



この葉っぱは何だろう、やはりカブだろうか
今はあまり見かけないけど、ダイナ(白体菜)という野菜もあって
浅漬けにして食べるのが好きだった♪



畑夏5

家からすぐの所に小さな畑を作って
様々な野菜を育てていた母

後々聞いてみたら、畑仕事の経験は全くなかったそうだ。
ただ、野菜を育てて食べるためと、野菜や畑の事を子供たちに教えたかったとか。
他の家では皆同じように小さな畑を作っていて

他の子たちと同じように野菜のことを知ってほしかったらしい。
ただ、母にも弱点はあって、
あるとき、毛虫を見た母が走って家に戻ってきたことがある。
それを見たからか、私も毛虫が大の苦手になった(^^;







睦美 -035

上の3枚の写真とは写した時期が異なっていて
シャッターを切ったのは姉で、写真の父母は歩いているよりは止まっているように見える。

でもまぁ、確かにこういう風にして
トイレの汲み取り口から柄の長い柄杓でくみ上げ、たるに入れて運んでいた。
丁寧に作るところでは畑に肥溜め(肥壺・野壺)を持っていて
糞尿の他に魚の粗を煮たもの等をせっせと運んで投入
よく発酵熟成したものを春先の畑の畝に入れていた。

秋の収穫が終わった時に、すぐ春の準備をする家もあって大切な作業であった。
よく腐熟したものは良いけれど
トイレからそのまま畑に入れることも昔はよくあって
当時は学校での回虫の検査や駆虫のための薬は欠かせないものだった。

2022/06/16

護岸工事3 石を運ぶトロッコ、馬の姿など

護岸工事3 石を運ぶトロッコや馬の姿など


石積み7

護岸工事の写真の中で、たぶん最初の頃のもの
石置き場から石を運ぶための、短い区間だけれどトロッコの線路ができ始めている。

両岸共にまだ斜面があり、先端まででこぼこの地面が見えている。
暗くて分かりにくいが先端部分に見えているのは馬車で
写真の左端にちらりと見えているのは3輪トラックの前の部分かもしれない。


馬車の部分だけ、拡大すると
石積み7b

かなり厳しいけれど、馬車であることははっきりと分かる。
護岸工事でも馬は重要な働き手であったのだろう。





石積5

積み上げた場所から先端の護岸まで石を運ぶ様子
短くても線路があってトロッコで運べるのは助かったと思う
向こうに見えているのは木の十三橋


石積2

トロッコの線路がきれいで、もう地面は見えていなくて平らに整備されている



石積3



石積6

先端までトロッコで石を運んで下に落とす。
大きな石が作業員の手を離れた瞬間かもしれない。







石摘1

作業している婦人の後ろ姿
海岸の植林や、橋の補修工事の夫人たちと同様に、作業着の一番上は綿入りの胴着。
つば広の防止に白くて大きな三角巾はその後もずっと続いていた。
足元は殆どが滑らず歩きやすい地下足袋だったように思う。


後で気が付いたが、右上の船の中に小さな女の子が居て、
学校へ上がる前の子供を連れて作業に出ていたのか
それとも休みの日でお母さんについてきたのか、いろいろに想像する

ボラ網漁にも子供の姿があったし
仕事場に子供がいるのは当たり前だったのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

始めは桟橋を作っているようにもみえたが
十三橋が出来上がっているところを見ると
昭和30年後半から40年初めの頃の工事かもしれない。

確かなことが分からないまま写真を紹介していることもあります。
フィルムの中で護岸工事に関するものはこれが全て。

2022/06/16

護岸工事2 船の上の石

護岸工事2 船の上の石

浜工事4

写真の繋がりがよく分からなくて
船から石を下しているように見えるが
他の船に移しているのか、それとも沈めているのか・・・?

左上に見えているのは水戸口の突堤だと思われるが、これも確信はない。




石4 船

右に見えているのは南突堤の先にある小さな赤い灯台





石運び1

後方に見えるのは木の十三橋で
船の進行方向は、十三湖を出て海に向かっているように見える

護岸工事は十三湖の組合前の区間だと思っていたが
他の場所にも石を運んでいるのかもしれない

分からないことが多くて困ってしまうが、記録として残すことにした。



2022/06/14

護岸工事1 石を船で運ぶこと

護岸工事1 船で石を運ぶこと


石2

年代場所、ともに不明

石2b

船に積むための大きさや重さを量っているのか、確かなことは不明



石2c


フィルムの順番から、この後、船に積んで運ぶらしい




ミトグチ石運び船1b

水戸口の赤い灯台のある南突堤と手前に北突堤が見える
薄いけれど正面に岩木山が見えて
山の右斜面には残雪が確認できる、
この残雪の状態から季節は6月後半から7月初めの頃かもしれない


ミトグチ船石運び2b

それにしても、ぎりぎりの所まで石を積んでいて、すごい!


ミトグチ船石運び2c

船の所だけトリミングしてみると・・・やはり、凄いとしか言いようがなく・・・
突堤の直ぐ側を進んでいるように見える。


ミトグチ船石運び3

向こうに見えるのは石を積んだ船



石3 船

他のやや大きな船と人も増えて、なにやらホッとする

このあと、船を引く様子、護岸工事らしい写真も出てくるが
まったく記憶になく、説明も出来なくてすみません。







2022/06/08

ヤギを飼っていた頃4 ヤギ小屋



ヤギ小屋

ヤギ小屋2

先日紹介した愛犬ぺスがちょこんと座っていた頃と比べると
だいぶくたびれているというか、戸の開け閉めなど無理なように見える(^^ゞ
ヤギの親子、母は優しい目で見ていたんだろうな♪






ヤギ小屋1

乳をしぼるときに食べさせていたのは桑の葉だったが
この写真を大きくしてみたら、なんとなくヨモギのように見える
普段は浜の草地に繋いでいて、なんでも良く食べていた。








ヤギ小屋 -097b

ヤギの居ないときに、シュッシュッと、これは消毒か殺虫剤? 








ヤギ餅つき7

冬、餅つきの後ろにヤギとヤギ小屋
小屋はまだ新しそうに見えていて、戸もしっかりしている
ヤギが家に来た最初の年かもしれない







ヤギ 父バイク2

父のバイクを仕舞っている様子
家の後ろの物置部分で、この中が犬の住まいにもなっていた。







ぺスやぎ

季節は不明。来ている服を見ると秋か春先

ヤギがいて犬がいて、賑やかで楽しい時代だった。
この家にいたのは小学校4年生までで
その後、他村に一時引っ越し、また十三湖に帰ってくることになるが
その時、一緒にいたのはネコのチャッケと白い犬のチロ


愛犬ぺスとヤギとダッコちゃん、懐かしい一枚。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


餅つきなど冬の写真もありますが
ヤギのいた頃を一まとめにして、全部を初夏のカテゴリーに入れました。




2022/06/07

ヤギを飼っていた頃3 乳しぼり

ヤギの乳しぼり

ヤギ乳しぼり4


ヤギのお乳を貰う♪

乳しぼりをするのは母で、杭に繋いで離れないようにして
摘んできた桑の葉を食べさせながら乳をしぼる。

私たちの役目は桑の葉を摘んでくることだったが
それも殆ど遊びに近い感覚だったように記憶している。

リヤカーがあって、洗濯物や秋にはカブや大根を干していて
家の北西側には垣根がまわしてあった。



ヤギ乳しぼり1


子ヤギがまとわりついて
やっぱり背中に乗ってもらいたくて、待っている♪


ヤギ乳しぼり7

母の背中が一番いいのか、それとも乳の匂いが分かったのかな♪





ヤギ乳しぼり8


母ヤギと子ヤギ、すぐ右に見えている白い犬のチロ
そして玄関前(写真右上)にいる黒い犬はぺス
ぺスがの存在が分からなくて、写真の修整をしていて初めて気が付いた(^^ゞ





ヤギとぺス1

ヤギの小屋にちょこんと座っているのがぺス
黒いので陰にいると中々気づかない。
この写真もぺスがいると気が付いた時、可笑しくて笑ってしまった。

ヤギと犬と、あとはそろそろ猫のチャッケも飼い始めるころだけれど
写真やフィルムの中に猫の姿はなくて、それだけはちょっと残念。

・・・・・・・・・・・・・

ヤギと2匹の犬と、みな懐かしい・・・って、
この小屋をよく見るとまだ新しいし、ヤギも大人になっていないような感じ。
ヤギのために新調した小屋が珍しくて中に入ったのかもしれない♪



2022/06/06

ヤギを飼っていた頃2 子ヤギと遊ぶ日々

子ヤギと遊ぶ日々



ヤギと篤子1

生まれて間もない子ヤギと母ヤギ

静かな時間が過ぎてゆく




湖畔の生活 初夏 6e

まだへそのが取れないけれど元気いっぱい

上へ上へと、何処までも上っていくのが好きな子ヤギ

自分に上ってもらいたくて背中を向ける♪



ヤギ22

お姉ちゃんの勝ち~~(^^)/

乗ってくれたのが嬉しくて顔が弾ける(*'▽')





ヤギ20

何処にいても子ヤギの事が気になってしょうがない

ひょこひょこ歩いているのを手招きして・・・・・


ヤギ -027-1

とうとう部屋に入れちゃった♪

でもって・・・叱られた・・・?

いえいえ、なんだか父も喜んで(ほんとは分からないけれど^^)

畳の上を歩く子ヤギをパチリ^^




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





※  写真2枚目の白鳥塚は村か学校で作ったもの
不運にも死んでしまった白鳥が、この中で眠っている
家の庭と言えば庭なのだけれど、家も官舎で庭もそのような土地
湖に一番近くて見守ることができる場所として選ばれたのかもしれない。


2022/06/04

ヤギを飼っていた頃1 子ヤギ誕生

ヤギを飼っていた頃

初夏のある日、子ヤギが生まれた♪
ヤギ10

ヤギが生まれると聞いて、近所の人たちも集まってきた
季節は初夏。風もなく穏やかな日のことだったのを覚えている。


湖畔の生活 初夏 6

わーいわーいと、喜びつつ、ちょっとだけ離れて様子を見ている^^



ヤギ14

生まれてすぐの、なんとなく頼りないような・・・


 


ヤギ5

子ヤギは直ぐに母ヤギの乳を探して・・・
ちゃんと飲めているかどうかも見ているのだけれど
もう一つ、母が覗き込んでいるのは
後産がきちんと済んでいるのか確かめているのかもしれない。

ヤギが生まれて良かったとはしゃいでいたら
得体のしれない大きな袋のような物が出てきて驚いた。
何が起きているのか分からず心配だったが、後産というもので
それがちゃんと出てこないとだめだということを知ることが出来た。

ヤギ6b

乳を飲む子ヤギの様子が可愛くて、側を離れられない♪



ヤギ15

子ヤギ、可愛いねぇ。みんなの顔も優しくなる。


ヤギ17

可愛い、可愛い、見ていてホッとする光景。



ヤギ7c

母子ヤギ


湖畔の生活 初夏 6b

お母さんヤギにお疲れ様のごちそうかな?



湖畔の生活 初夏 6c

浜の生活の中でヤギのミルクは貴重なものだった
もともとは子供たちを丈夫に育てたくてヤギを飼うようになった。
ヤギを飼って、子ヤギが生まれ乳も順調に出るようになって
当時食べさせていたのは近くに生えていた浜の草や桑の葉などで
まぁ、いろんなことをヤギから教わったと思う。