2024/02/22

五月女萢地区 開田 9 母の姿

五月女萢地区 開田9 母の姿

開田 五月女萢42


田植えが済んだ後、水路を歩く母

「いやぁね、こんなところを写したりして」、とでも言っているのだろうか

母の顔は笑っていて、カメラを持っている父を見ている

疲れ果てているだろうに・・・。

田んぼを始めると言い出した父の記憶はあるが、母の記憶はあまりなくて

開田と記されたフィルムの中に母の姿を見つけた時は驚いた

たった3枚だけれど、そこには母がいた






開田 五月女萢43

田植えの様子を見ながら一休みの母

後々のことだけれど

田植えや稲刈りなどの人手は一軒一軒頼み歩いたり、おやつの支度や

田植えの始まりの日、手伝いの人たちに振る舞う赤飯を準備するのも大変だったようである。

母自身も田んぼに入って、慣れない作業をしていたらしい。

浜の家の近くに畑を作っていて、大根やえんどう豆、トマトなどを育て、

収穫が楽しみだったものだが、母に聞いてみると

畑仕事も田んぼの作業も全く経験がなかったという事だった。

畑は家族の食べる物を作るということと

子供たちに畑で野菜を作る所を見せなけらばならないと思ったらしい。

村の人たちはみな同じように家の裏に小さな畑を作っていて

自分も同じようにしなければならないと・・・

畑の作業だけでも大変だったろうに、次は田んぼまで

どんなに大変でも辛そうな顔を見せたことの無い母であった





開田 五月女萢44

作業着に特長を履いている母の姿



田んぼへ行くのは楽しくて、固く締まった田のくろを歩いて

田植え前だとオタマジャクシをすくったり、

夏の出穂から花が咲き稲の穂が垂れるころにはトンボの羽化を見ることが出来た

最初の頃は田んぼの水面と脇の水路と殆ど同じにあったが

私たちが田んぼへ行くようになった時には

高さのあるコンクリートの仕切りが出来ていて、その上を歩くのも楽しかった。

稲刈りは朝からずっと刈り取った稲を運ぶ手伝いをして

首周りに稲の穂がチクチクと当たって痒くなったのも懐かしい

沢山の積み上げられた藁の上に登って遊んだり

藁を家に持ち帰って飼い犬の寝床をふかふかにこしらえることもできた。

昼に食べたのは母が作ったお握りで、冷たくなっていても美味しかった。

本当に、田んぼの思い出は楽しい・嬉しい・面白い

懐かしい楽しい思い出がいっぱいの田んぼだったけれど

このフィルムの中に残された開田の様子、母の写真

記憶にある、最初の年の初収穫の屑米のような玄米とそれを見ている母

遊び惚けて、楽しい思い出しかないように思っていたけれど

見えない所でどんなに大変な作業が行われていたかを

ほんの少しでも知ることが出来て良かったと思っている。

田んぼを作っていたのはほんの数年のことで、

やめてから母はのんびりできたかというと、次は新しく始める商売が待っていた。

大変だった筈だけれど、それを見せずに笑っていた母は天晴であった。


2024/02/16

五月女萢地区 開田 8 厳しい現実

五月女萢地区 開田 8 厳しい現実

開田 五月女萢45


父が残した写真の中で、この一枚は何を伝えたかったのか

よく分からないまま整理を進め、開田の様子、田植えの様子などが見えてきた。

そしてこの後の雪の中の作業を見つけて、ハッとした。

初めての田んぼ、初めての新米はどうだったのか。

慣れない作業に苦労して、くたびれ果てて

それでも新米が目の前にあって、美味しいご飯が食べられればそれで良しとなった筈。

ところが、最初の年の収穫後に目の前に置かれた玄米は・・・

居間に座っている母の前に新聞紙が4枚くらい敷いてあって

上に置かれた玄米と、それを見ている母の顔を私はよく憶えている。

笑いもせず泣きもせず、ただじっと見ている

玄米は屑米や青米と同じような状態で、つややかな玄米とはかけ離れている

今、雀の餌にしている屑米よりももっとひどい状態の玄米

母のその時の心情はどういうものだったか・・・

屑米のような玄米がその後どうなったのかは覚えていない

良い所だけを集めてご飯を炊いたのか、食べたのか食べなかったのか

全く覚えてはいないけれど

黙ったまま動かない母の姿だけが忘れられずにいる。

最初の収穫はそんなだったけれど

翌年には45表のお米が収穫出来ている

田んぼは6反くらいだったと思うけれどはっきりはしない

父から聞いた話では、作ったばかりの田んぼで土が良くなく後から砂を入れた

砂は自分が行って一輪車(通称ネコ)で運んだのだと、

聞いたのはただただそれだけで実際の所はよく分からなかった

ただ田んぼを初めて2年目にしてようやく45表の収穫があり

供出米も納めることが出来たという

上の一枚の写真は田植え後の様子で、おそらく

強風、冷害、遅霜、様々な事情で苗が枯れたり倒れたりしたのかもしれない


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次の5枚の写真が残されていた

風雪の中、田んぼに土を運んでいる様子

父は「砂」と言っていたが砂のような土のような、

どちらにしても新しい土を数人で田んぼに運び入れている

開田 五月女萢46





開田 五月女萢47





開田 五月女萢48






開田 五月女萢49





開田 五月女萢50

田んぼの形になってから納得のいく収穫が出来るまで大変だったと思う

田んぼを作っていたのは僅か4年くらいだったと記憶していて

その間、父も母も初めての田んぼの作業に携わった周囲の人たちも

みな大変な思いをしていたのだと写真から伝わってくる












2024/02/14

五月女萢地区 開田 7 田植え

五月女萢地区 開田 7 田植え

開田 五月女萢39

いよいよ田植えが始まった

右端に見えているのは苗を入れている箱のようで

腰にはそれぞれ苗籠を結わえ付けている

苗籠は竹を編んで作った物のようで

腰に結わえ付けたり、右の女性は肩から斜めに下げているようにも見える。

苗籠、その後は竹製からプラスチック製になり

腰のカーブに沿うようなデザインとなっている

機械化が進んだ今でも苗籠は必要で

いわゆる「ぬげた(抜け田)」用に使う。

「ぬげた(抜け田)」は田植え後の強風や浅植えで苗が浮き上がってきた箇所に

あとから行って手作業で苗を捕植することをいい、

その時に無くてはならない苗籠となっている。

昭和30年代の出来たばかりの小さな田んぼはまだ機械化がされていなくて

田植えの始めから終いまで全部手作業だったと思う







開田 五月女萢38
   
田植えが進んでいる様子と、右は用水路か

田んぼが出来て間もなく、この用水路にコンクリートの丈夫な仕切りのような壁が出来た。

最初の頃は土を積み上げて仕切りを作ったようで、これも手作業だったのかもしれない






開田 五月女萢40

苦労の末に出来上がった田んぼ







開田 五月女萢41


田植え後の昼食だろうか

絣のもんぺに綿入れの胴着、それぞれにつば付きの帽子や頬かむり

手ぬぐいや白い木綿の布で頬かむりするのが多く

日除けや風除けにも重宝していたようである



2024/02/07

五月女萢地区 開田 6 田んぼの形が見え始める

五月女萢地区 開田 6

人の手による作業 形が見え始める

開田 五月女萢33

ブルドーザーと耕運機の作業の後、人の手による作業







開田 五月女萢34

萱などが取り除かれ、段々と田んぼらしい雰囲気に近づいてくる





開田 五月女萢35


田んぼの畔(くろ)が作られている

田んぼの畦(あぜ)と、畔(くろ)

どちらも同じようで区別が無いものと思っていたが

実は違うらしいと分かった。

畦(あぜ)道とはいうけれど、畔(くろ)道とは言わない。

畦は道幅が広く猫車(一輪車)などを押して通れるもので

畔(くろ)は幅が狭く人ひとりが通れる程度のもの

田んぼの仕切りのようなものだろうか

「あぜ」とは言わずに、殆どは「くろ」「田のくろ」と言うのが普通だった。




開田 五月女萢36


少しずつ田んぼの形が出来上がっていく様子が嬉しい

水面にきれいに人の姿が映っていて

風もなく穏やかであることが分かってホッとする

作業中というよりは、おそらく午前中の作業終わりの時かもしれない





開田 五月女萢37

昼食のお弁当やおにぎり、お茶とお菓子など

きつい作業のあとの笑顔がすてき♪



2024/01/14

五月女萢地区 開田 5 人手による作業

開田 耕運機の次の人手による作業


開田 五月女萢23

ブルドーザーや耕運機が入る前の田んぼの予定地なのか

湿地に生えた木や葦の仲間がびっしりと見える




開田 五月女萢25

ブルドーザーが進んだ跡のような箇所が手前に見える






開田 五月女萢26

人の手だけで作業するのはどんなにか大変な作業か

機械が入ることで田んぼにする計画も立てやすかったのかもしれない

ブルドーザーの写真の紹介の時には後ろ姿

今回は前から写した写真など

夫人の綿入りの胴着と、絣の前掛けが当時の作業着を教えてくれているようだ




開田 五月女萢27

この広さを見ると耕運機をかけた後に入ったように感じる





開田 五月女萢28








開田 五月女萢29

どれほどの日数をかけて田んぼの形にして行ったのか・・・






開田 五月女萢30



開田 五月女萢31

女性は手袋を使っているが、男性は素手のようで驚いた

履いてるのは足が腿迄スッポリ入る特長靴や胴付き

普段の言葉使いだと

特長靴は「とぐなが」で胴付き長靴は「どうなが」となる

両方とも魚やしじみ貝の漁にも昔から使っていた

長く使用していると何かに引っ掛けて穴が空いたり、裂け目が出来たり

そういう時は自分たちで上手に修理して長く使っていた記憶がある







開田 五月女萢32

田んぼの形が出来るまでまだもうちょっと